幹線鉄道の建設

明治新政府は明治2(1869)年11月10日,東京−神戸間を結ぶ幹線鉄道を建設することを正式に決定した。 ルートとして本州の中央を通る中山道案,海側を通る東海道案があったがこの時点ではどちらを採択するか未定だった。
東海道案は箱根峠そして多くの大河川を跨ぐため難工事が予想され,軍部からは戦艦の砲撃を受けやすい海岸沿いは国防上問題があると強く懸念される。
軍部の発言権,交通が発達していた東海道ではなく中山道の開発を視野に入れたいこともあり明治16(1883)年10月23日,山側の中山道案が採択されることになった。



中山道鉄道と名古屋

明治16(1883)年12月 [中山道鉄道公債証書は群馬県下・上野国高崎より岐阜県下・美濃国大垣に至るまで中山道沿い鉄道を敷設し及びその事業を経営するの資金に充つるがため発行するものとす] に始まる中山道鉄道公債証書を布告し,明治17(1884)年5月大垣・加納間。明治17(1884)年10月,高崎・横川間の工事に着手する。

中山道線建設のための資材輸送線として明治17(1884)年5月,中江四日市〜垂井間を資材の輸送路として着工の認可が出た。しかし、測量の結果が思わしくなく別ルート名古屋〜半田線を求めた。明治18(1885)年6月,工費工期ともに有利な半田線が認可された。

鉄道名は中山道支線半田線。
名古屋は資材輸送線の通過点に過ぎなかった。



名古屋区長 吉田禄在

中山道線建設計画では,京都〜彦根〜大垣〜多治見〜塩尻〜松本〜高崎〜東京を結ぶもので,計画に名古屋は入っていない。 これに強い危機感を抱き,行動に出たのが初代名古屋区長吉田禄在であった。 吉田は県令の国定の同意を取り付け,工事を統括する鉄道局長に直訴することにした。


中山道ルートでは
名古屋は孤立する


中山道ルートでは工事が難しいことを説き,東海道ルートへ変更を願い出るというものだった。
嘆願が認められれば,名古屋の孤立も避けられることになる。
吉田は尾張藩時代の経験から木曽路付近の地形を熟知していたため中山道ルートは不利なことを充分知っていた。 吉田は自信を持って鉄道局長の井上勝を訪れるため上京した。

さっそく井上宅を訪れるが,名古屋区長ごときと一蹴される。 しかし井上はその熱心さに折れ,自ら中山道の視察をすること,その後名古屋での再会を約束した。

東海道線開通に一縷の望みをつないだ。



名護屋停車場の開業

資材輸送線として設立された半田線だったが,井上の上申書によって旅客輸送も可能となった。そして明治19(1886)年3月1日に武豊〜熱田間で列車の運転が始まった。
つづいて明治19(1886)年4月1日に熱田〜清洲間が開通するが,笹島付近では,低湿地帯が広がり盛り土のため金山台地を切り取るという大工事となっていた。このため名古屋駅開業は遅れた。


現在の笹島交差点

明治19(1886)年5月1日,笹島に名護屋停車場が開業した。

当時の名古屋の街は長者町が東端であり,広小路通りもまだ笹島まで通じていなかった。
駅はのどかな田園風景の中に開業し,笹島ステンションと呼ばれ親しまれることになる。

名古屋駅のスタートは中山道支線。資材輸送線にある一駅だった。



東海道線変更発令

鉄道局は中山道線の計画を見直していた。測量結果は[工事の容易ならざるは始めよりこれを知るといえども,いまその実測を得るに及び,傾斜の峻急なる実に度外に出ず]と厳しいものであり,東海道線の測量に着手することになる。結果を見た井上はただちに上申,明治19(1886)年7月13日「中山道鉄道の儀に付き上申」が閣議で可決された。

東海道ルートへ変更となり,すでに開業していた名古屋付近の資材輸送線は本線になることが決まった。

中山道ルートと東海道ルートの比較表
  中山道線 東海道線
路線距離

東京〜名古屋間
257.5マイル (414.4km)
既設 東京〜横川間除くと残り
176.5マイル (284km)

東京〜名古屋間
238マイル (383km)
既設 東京〜横浜間除くと残り
218マイル(350.8km)
特徴 地形が峻嶮 隧道48ヵ所
その延長11マイル (17.7km)
はるかに少ない
(延長,数ともに)
橋梁 4,200フィート(1280.2m) 21,700フィート(6614.2m)
所要時間 19時間 13時間
予想収支 営業収入 880,000円
営業費 587,950円
益金 資本の1.95%に相当
営業収入 1080,000円
営業費 597,876円
益金 資本の4.82%に相当


明治20(1887)2月1日,広小路通り延伸工事が竣工。駅前までつながった。
同年4月25日 駅名が名護屋から名古屋に変わった。
明治22(1889)年7月1日 東海道本線の新橋〜神戸間が全通した。

名古屋の礎が出来上がった。




JR名古屋駅桜通口


メディアワン
旧壁画前

JR名古屋タカシマヤ
エントランス



※参考文献
名古屋の駅の物語 中日新聞社
鉄道と街・名古屋駅 大野一英

※駅アナウンス素材
Sound of Station




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